■認知症ってどんな症状?
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加齢に伴い発症することの多い病気の1つとして、認知症が挙げられます。日本では社会の高齢化が進んでおり、メディアで「認知症」という言葉に出会う機会も少なくありません。しかし、「認知症になると記憶力や判断力が低下する」ということは分かっていても、具体的にどのような症状が現れるのか、症状がどのように進行するのか、治療法はあるのかといった詳細までは知らないという人も多いのではないでしょうか?認知症は、年齢を重ねていると誰しも発症する可能性がある病気です。「もしかしたら自分は認知症なのではないか?」「家族や親しい人が認知症かもしれない」と感じたときに行動が起こせるように、認知症についての正しい知識を持っておくことが必要です。本記事では、認知症の概要や症状についての基礎知識を詳しく解説していきます。
▼認知機能が低下してしまう症状
認知症とは、「脳の細胞が傷つくことで、認知機能が低下してしまう病気」の総称を指します。記憶力や判断力といった認知機能がうまく働かないことで、それまで簡単に行えていたことができなくなり、日常生活を送るうえで支障を来してしまうのです。認知症とひと言でいっても、さまざまなタイプに分類され、その原因も異なります。最も一般的とされる「アルツハイマー型認知症」は、脳に特殊なタンパク質が蓄積されることにより神経細胞がダメージを受け、脳が萎縮してしまうことで発症します。このほかにも、脳梗塞や脳出血によって引き起こされる「脳血管性認知症」や、50代で発症することもある「前頭側頭型認知症」などがあります。
認知症を引き起こす要因はさまざまです。頭部の外傷や脳腫瘍といった脳へのダメージはもちろんのこと、腎不全や心不全といったほかの臓器へのダメージ、過度なアルコールや薬物の摂取なども認知症の原因と考えられています。また、認知症は一度発症してしまうと、正常な状態に戻すことはとても難しいとされています。しかし、適切な治療を行うことで症状を抑えたり、改善の可能性を高めたりすることはできます。そのため、認知症を発症した疑いがある場合は、早めに発見して治療を始めることが大切です。
▼詳しい症状は中核症状と周辺症状の大きく2つ
認知症の症状は、「中核症状」と「周辺症状」の大きく2つに分類できます。それぞれの特徴と違いについてみていきましょう。
中核症状
「中核症状」とは、脳の神経細胞の障害によって起こる認知機能障害のことで、認知症の本質的な症状といえます。中核症状は、認知症になると誰にでも起こる可能性があり、以下のような複数の症状に分類されます。
・記憶障害
・見当識障害
・判断力障害
・実行機能障害
・失認
・失行
・失語
「見当識障害」とは、今がいつなのか、今いる場所がどこなのかが分からなくなる症状を指します。「実行機能障害」が起きると、物事の計画を立て、順序よく実行することができなくなってしまいます。また、目の前にあるものが何なのかが分からないことを「失認」、目の前のものをどう扱うのかが分からないことを「失行」、目の前のものの名前を思い出せなくなってしまうことを「失語」と呼びます。
周辺症状
中核症状の発生に伴い、二次的に現れる症状を「周辺症状」と呼びます。周辺症状は、中核症状の進行具合や周囲の環境の違いにより、発生の程度に個人差が現れます。周辺症状は、「心理症状」と「行動症状」に大きく分類されます。認知症が進むことで発現する心理症状には、幻覚や妄想、抑うつ、不安や焦燥感などが挙げられます。行動症状としては、徘徊や失禁、介護への抵抗などが知られています。
▼認知症の原因
先ほども説明したように、認知症の原因とされる要因は多岐にわたり、思いがけない病気や怪我、生活習慣が認知症を引き起こす可能性があります。そのため、認知症の引き金となる全ての原因をなくすことは難しいといえますが、生活習慣の改善や持病への治療を行うことで、間接的に認知症を予防することにつながるのです。認知症発症の要因のうち、生活習慣とのかかわりが深いものとしては、以下のような項目が挙げられます。
・高血圧
・糖尿病
・アルコール依存症
・向精神薬の過度な使用
・歯周病
■認知症発症の流れ
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認知症の症状の重さにはさまざまな段階があり、発症してから次第に重くなっていくことが一般的です。認知症の進行は、初期・中期・末期の3つに分類されます。それぞれの時期の症状の特徴について解説します。
▼初期
認知症は、脳の認知能力が低下してしまう症状の総称であることを説明しましたが、実は、認知症を引き起こす病気は何種類も存在します。そして、認知症の引き金となる病気の種類によって、認知症の初期に現れる症状は少しずつ異なるのです。認知症の原因となる病気については、後ほど詳しく説明します。ただ、認知症全般によく見られる初期症状を挙げるとするならば、「長期記憶は覚えているものの、短期記憶がなくなる」という、いわゆる「物忘れ」が代表的なものといえます。最近起きたこと、話した内容を覚えておらず、何度も同じことを聞き返すといった症状に気が付いたら、認知症の発症を疑ってみるとよいでしょう。物忘れ以外にも、以下のような症状が見られます。
実行機能障害
計画を立てて物事を実行することが難しくなるという症状を指します。たとえば、料理の段取りが分からなくなって食材を焦がす、家電製品の使い方が分からずに右往左往するといった行動が挙げられます。
見当識障害(時間)
1日や1年における時間の感覚がなくなってしまう症状を指します。今が朝・昼・夜のどの時間帯なのか、春夏秋冬のうちのどの季節なのかが分からなくなってしまう状態が、見当識障害にあたります。
無気力・無関心
周りで起きている出来事や、自分がこれまで好きだった物事などに対して興味が湧かなくなり、無気力な状態に陥ります。
被害妄想
自分が行動してきたことや、会話した内容の記憶が薄れてしまうことが原因で、自分が他人から被害を受けているという妄想を抱くようになります。持ち物をどこに置いたのかを忘れてしまうことに起因する「物盗られ妄想」、配偶者に浮気をされていると訴える「嫉妬妄想」などが、これにあたります。
▼中期
認知症が進行すると、記憶障害がますますひどくなり、自立して生活することが困難になります。初期段階の症状の悪化に加えて、次のような症状が現れます。
見当識障害(場所)
自分が今いる場所がどこなのか分からなくなるという症状です。場所の見当識障害になると、家の近所にいるのに迷子になってしまったり、自宅の中にいることが分からなくなってしまうといったことが起こります。
失認・失行・失語
目の前にあるものの名前や扱い方が分からず、何なのかすら思い出せなかったり、いわれた内容を理解できず、返事をするにも言葉が出てこなかったりする、といった症状が現れます。具体的には、時計の読み方やはさみの使い方が分からないといった問題が生じます。
▼末期
認知症がさらに進行すると、記憶障害が悪化し、理解できる言葉の数が極端に減少してしまうために、コミュニケーションを行うことが困難となってしまいます。また、脳機能の低下により、寝たきりの状態になってしまうこともあります。
■認知症の初期症状とは?
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認知症が重症化してしまうことにより、自立した生活や家族とのコミュニケーションが難しくなっていくことを解説してきました。当事者やその家族の負担を軽減するためには、認知症が深刻になってしまう前に、早期に発見し、治療や支援を適切に行うことが望ましいといえます。それでは、初期症状の段階で認知症を発見するためには、どのようなことに意識を向ければよいのでしょうか?詳しく見ていきましょう。
▼認知症の種類によって異なる
先ほど少し触れたように、認知症とひと言でいっても、具体的な病名についてはさまざまな種類が存在します。認知症は、記憶力や認知力を伴う脳機能障害の総称であり、認知症の症状を引き起こす病気は複数存在するのです。認知症の原因となる病気によって、認知症はいくつかの種類に分類されます。代表的なものは以下の通りです。
①アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型は、認知症のタイプとしては最も一般的なものです。「アミロイドβ」と「タウ」という異常なタンパク質が脳内に蓄積され、脳神経が傷付けられることにより発症します。症状の進行は、比較的ゆっくりと進むことが多いとされています。アルツハイマー型の初期症状としては、記憶力の低下による物忘れが挙げられます。すぐに日常生活に支障を来すほどではないことが多いため、加齢のせいだとして見過ごされてしまう恐れがありますが、放置していると悪化し、見当識障害や妄想といった症状も現れることがあります。アルツハイマー型の初期症状のように、記憶力や判断力の低下が見られるが、日常生活に重大な支障をもたらすほどではなく、認知症と断定できない状態のことを「軽度認知障害(MCI)」といいます。MCIの人のおよそ半分は、5年以内に認知症になってしまうとされるため、MCIの段階で認知症の予防をしておくことが望ましいといえます。そのため、自分や身近な人が「最近物忘れが増えてきた」と感じたら、早めに専門医に相談してみるとよいでしょう。
②レビー小体型認知症
レビー小体型の認知症は、脳内にαシヌクレインというタンパク質が蓄積されることで「レビー小体」といわれる集合体ができ、神経細胞が破壊されることによって発症します。レビー小体は、パーキンソン病の原因としても知られています。レビー小体型の症状としては、手足の震えや筋肉のこわばりといったパーキンソン病の症状に加え、睡眠時の寝言や異常行動、幻視や幻聴、立ちくらみや便秘といった自律神経症状が挙げられます。また、レビー小体型の認知症は、日時による変動が激しいという特徴があり、初期のうちは症状が現れないタイミングもあるため、見過ごしてしまう可能性があることに注意しましょう。
③血管性認知症
脳梗塞や脳出血によって引き起こされる認知症を指します。血管が詰まり、血液が届かなくなった部分の脳細胞が壊死したり、脳内で血管が破れ、血液に脳細胞が圧迫されたりすることで、脳の本来の機能が失われてしまうのです。脳梗塞や脳出血が起きる場所によって、ダメージを受ける脳の箇所もさまざまであり、それによって症状に差が生じることが特徴となります。血管性認知症の初期段階においても、アルツハイマー性認知症と同様の物忘れの症状が現れることもあれば、足の麻痺が起きることがあります。しかし、上述のようにダメージを受ける脳の部位によっては、物忘れや見当識障害のような、ほかの認知症でよく見られる症状が現れず、意欲低下が目立つケースでは、うつ病と間違われるケースもあります。血管性認知症は、脳の血管病を防止することで、発症のリスクを軽減できます。そのため、脳梗塞や脳出血につながる生活習慣を見直して改善することが、予防策となりうるのです。
④前頭側頭型認知症
前頭葉や側頭葉が萎縮することによって引き起こされる認知症です。正常な脳においては、前頭葉は主に思考や理性を、側頭葉では長期記憶や感情のコントロールなどをつかさどりますが、こうした機能が低下することで、ほかのタイプの認知症ではあまり見られない症状が現れます。特徴的な症状としては、毎日決まった時刻に同じ行為をするといった「常同行動」、礼儀や社会通念を無視した振る舞いが目立つ「反社会的行動」、過食や味の好みの急激な変化といった「食行動変化」などが挙げられます。前頭側頭型認知症の原因は、タンパク質の一種であるタウやTDP-43、FUSなどの蓄積が知られており、さまざまな形質の特徴があります。
▼セルフチェックで発見につながることも
認知症の兆候や初期症状が現れているかどうかは、どのように見分ければよいのでしょうか?認知症かどうかをテストするには、医療機関によって作成された「OLD」をもとに確認してみましょう。「OLD」は、以下の表のように、4つの観点と12個の項目に分かれたチェックリストの形式となっており、4つ以上の項目が当てはまれば、認知症である可能性が高いとされています。当てはまる項目がいくつかあれば、専門医に相談してみましょう。
■認知症が発症したらどうする?
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認知症になっていることが分かったら、どのような治療を行っていけばよいのでしょうか?医学的な療法と、周囲の人ができるサポートの両面から見ていきましょう。
▼薬物療法
投薬を通した治療法には、認知機能を改善させる「抗認知症薬」を用いた方法と、不安や抑うつといった心理的な症状を抑える方法の2種類が存在します。代表的な抗認知症薬としては、「アセチルコリンエステラーゼ阻害薬」と「NMDA受容体拮抗薬」が挙げられます。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬は、特にアルツハイマー型認知症でよく使われ、アセチルコリンの減少を防ぎ、記憶障害の進行を抑える働きがあるのです。一方で、NMDA受容体拮抗薬は神経細胞に悪影響を与える物質の働きを抑制し、認知症の中核症状の進行を緩やかにするために使われます。また、心理的な症状や異常行動を抑えるためには、向精神薬や漢方薬がよく使われています。向精神薬としては、認知症による抑うつ症状や不安感を改善するための抗うつ薬や抗不安薬、不眠を和らげるための睡眠薬が投与されることがありますが、副作用の発現には注意する必要があります。漢方薬の1つである「抑肝散(よくかんさん)」は、興奮を落ち着かせる働きがあるため、認知症の行動症状に対して効果的です。
▼非薬物療法
薬物を使わない治療法についても見ていきましょう。非薬物療法としては、認知症の発症自体を予防するものと、発症後に進行を和らげるものが存在します。認知症を予防するためには、「食生活の改善」と「運動」が有効です。先ほど説明したように、高血圧や糖尿病などの生活習慣病が認知症発症の引き金になることがあり、健康的な食生活や定期的な運動を心掛けることで、間接的に認知症のリスクを抑える効果が期待できます。また、日常的に脳の働きを刺激する脳トレを行うことも、認知症予防につながります。脳トレの具体例としては、パズルや計算、囲碁や将棋などに代表されるボードゲームが挙げられますが、本人がやりたくないのに無理やり脳トレを強制すると、逆効果となる恐れがあることに注意しましょう。
認知症の発症後に進行を遅らせる方法としては、「回想法」「音楽療法」「作業療法」が挙げられます。回想法や音楽療法では、昔の写真や好きだった曲に触れてもらうことで、過去の記憶を呼び起こし、脳を活性化させることを狙いとしています。また作業療法では、手芸やガーデニングといった楽しみながら行える作業を通し、認知症の進行を予防するのです。認知症の予防方法については、以下の記事で解説しています。
▼家族との協力
身近な家族が認知症になってしまったら、ほかの家族は本人の不安をくみ取り、ともに安心して生活できるよう配慮が必要です。以下の3つのポイントに気を付けながら、家庭内でリハビリを行っていくことも、認知症の治療として有効です。
①作業内容を明確に
認知症を発症した人に家事を依頼する際は、複雑な作業がもとで混乱を起こし、怪我や事故を起こしてしまわないように注意する必要があります。作業内容を明確かつシンプルに伝えるように心掛けましょう。
②たくさん褒める
認知症の影響で、不安や戸惑いを感じやすくなっている恐れがあります。そのため、家事をうまくこなすことができたら、意識的に褒め言葉を掛け、自信を持ってもらうようにしましょう。
③感謝の言葉を忘れずに
家事の作業が終わったら、忘れずに感謝の言葉を伝えましょう。「誰かの役に立てている」「次もまたやってみよう」といった気持ちになることで、家事によるリハビリが続く可能性が高まります。
自分自身や身近な家族が認知症になっている可能性があったら、専門医に認知症の診断をしてもらうだけでなく、「地域包括支援センター」に相談してみましょう。地域包括支援センターは、高齢者のための総合相談窓口のようなもので、高齢者の生活における支援制度や介護、医療といったさまざまなサービスの情報提供を受けることができる自治体の機関です。